近時の最高裁判例から考えるD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)- 屋地岡多々巳

1. D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の意義

 まず、ダイバーシティとは「多様な人材」と訳され、その多様性には、性別や国籍、雇用形態等の統計等で表されるものだけではなく、個々人の価値観など統計では表されない深層的なものも含まれるとされている[1]。次に、インクルージョンとは「多様な人材」がそれぞれの能力を活かして活躍できている状態をいうとされる[2]。このダイバーシティとインクルージョンの双方が相俟って、企業活動の活力向上を図ることができ、また、D&Iの実現によって、全ての従業員が自己実現に向けて精力的に働くことのできる環境が生み出され、従業員一人ひとりのQOLが向上していくとされている[3]

2. 雇用形態とD&I

 1.で述べた通り、「多様な人材」における多様性には、雇用形態が含まれている。正社員や契約社員、派遣社員、パートタイマー、アルバイト等の多様な雇用形態を用意することで、従業員がそれぞれのニーズ・能力に合わせた働き方ができるようになる。しかし、これら雇用形態の間で不合理な待遇の差がある場合には、不合理な待遇を受けている従業員のモチベーションが低下し、本来の能力を活かして活躍することができなくなると考えられる。そのため、企業としては、不合理な待遇の差を設けないよう注意を払う必要があるといえる。

3. 不合理な待遇の差

 では、不合理な待遇の差とは何か。何をもって不合理とするかはケースごとの事情に左右されるため、一概に定義付けることは難しい。そこで、近時の最高裁判例を参照し、少なくとも法的には不合理な待遇の差と認定される場合について検討していくこととする。

3.1. 近侍の最高裁判例

 以下では、無期契約労働者と有期契約労働者との間に不合理な待遇の差があると判示した近時の最高裁判例を3つ取り上げる。

(1) 最高裁判所令和2年10月15日第一小法廷判決:事件番号1519

① 事案

 ここでは、無期契約労働者に対しては夏期・冬期休暇を与える一方で、有期契約労働者に対してはこれを与えないという労働条件の相違が、労働契約法第20条[4]にいう不合理と認められるものにあたるかどうかが争われた。

② 結論

 最高裁判所は、①にいう労働条件の相違が不合理と認められるものにあたると判示した。

③ 理由

 そもそも、無期契約労働者に対しては夏期・冬期休暇が与えられている目的は、年次有給休暇や病気休暇等とは別に、労働から離れる機会を与えることにより、心身の回復を図る点にある。そして、本事案における有期契約労働者は、繁忙期に限定された短期間の勤務ではなく、業務の繁忙に関わらない勤務が見込まれるため、夏期・冬期休暇を与える上記目的が妥当するといえる。したがって、本事案は、したがって、本事案は、夏期・冬期休暇を与える上記目的が妥当するにもかかわらず、これを与えられていないといえ、①にいう労働条件の相違が不合理と認められるものにあたることとなる。

(2) 最高裁判所令和2年10月15日第一小法廷判決:事件番号777

① 事案

 ここでは、私傷病による病気休暇として無期契約労働者に対しては有給休暇を与える一方で、有期契約労働者に対しては無給休暇のみを与えるという労働条件の相違が、労働契約法第20条にいう不合理と認められるものにあたるかどうかが争われた。

② 結論

 最高裁判所は、①にいう労働条件の相違が不合理と認められるものにあたると判示した。

③ 理由

 そもそも、私傷病により勤務できなくなった無期契約労働者に対しては有給休暇が与えられている目的は、無期契約労働者が長期に渡り継続して勤務することを期待されていることから、その生活保障を図り、私傷病の療養に専念させることを通じて、その継続的な雇用を確保するという点にある。この目的は、有期契約労働者であっても、相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば、同様に妥当するといえる。そして、本事案における有期契約労働者は、相応に継続的な勤務が見込まれているといえる。したがって、本事案は、有給休暇が与えられている上記目的が妥当するにもかかわらず、これを与えられていないといえ、①にいう労働条件の相違が不合理と認められるものにあたることとなる。

(3) 最高裁判所令和2年10月15日第一小法廷判決:事件番号794

① 事案

 ここでは、無期契約労働者に対しては年末年始勤務手当・年始期間の勤務に対する祝日給・扶養手当を支給する一方で、有期契約労働者に対してはこれを与えないという労働条件の相違が、労働契約法第20条にいう不合理と認められるものにあたるかどうかが争われた。

② 結論

 最高裁判所は、①にいう労働条件の相違が不合理と認められるものにあたると判示した。

③ 理由

 まず、そもそも、年末年始勤務手当は、最繁忙期に、多くの労働者が休日として過ごしている期間において、業務に従事したことに対する対価という性質のものである。また、その支給要件は、業務の内容や何度等に関わらず、所定の期間において実際に勤務したこと自体となっている。さらに、その支給金額も、実際に勤務した時期に応じて一律のものとなっている。これらの年末年始勤務手当の性質・支給要件・支給金額に照らせば、年末年始勤務手当を与える趣旨は、本事案における有期契約労働者にも妥当するといえる。したがって、本事案は、年末年始勤務手当が与えられている趣旨が妥当するにもかかわらず、これを与えられていないといえ、①にいう労働条件の相違が不合理と認められるものにあたることとなる。

 次に、そもそも、年始期間の勤務に対する祝日給が与えられている趣旨は、郵便の業務を担当する無期契約労働者に対しては年始期間の特別休暇が与えられているにもかかわらず、最繁忙期である故に年始期間に勤務したことについて、その代償として支給される点にある。そして、本事案における有期契約労働者は、繁忙期に限定された短期間の勤務ではなく、業務の繁閑に関わらない勤務が見込まれているため、最繁忙期における労働力の確保の観点から、年始期間の勤務に対する祝日給が与えられている上記趣旨が妥当するといえる。したがって、本事案は、年始期間の勤務に対する祝日給が与えられている趣旨が妥当するにもかかわらず、これを与えられていないといえ、①にいう労働条件の相違が不合理と認められるものにあたることとなる。

 最後に、そもそも、扶養手当が与えられている趣旨は、郵便の業務を担当する無期契約労働者は長期に渡り継続して勤務することが期待されることから、その生活保障や福利厚生を図り、扶養親族のある者の生活設計等を容易にさせることを通じて、その継続的な雇用を確保する点にある。そして、本事案における有期契約労働者は、扶養親族があり、かつ、相応に継続的な勤務が見込まれるため、扶養手当が与えられている上記趣旨が妥当するといえる。したがって、したがって、本事案は、扶養手当が与えられている上記趣旨が妥当するにもかかわらず、これを与えられていないといえ、①にいう労働条件の相違が不合理と認められるものにあたることとなる。

3.2.  近侍の最高裁判例から析出される傾向

 3.1で参照した3つの判例からは、無期契約労働者に与えられている権利・利益の趣旨が、有期契約労働者にも妥当する場合には、その権利・利益を有期契約労働者には与えないとする労働条件の相違が、法的には不合理なものと判断される傾向が析出される。

 したがって、企業においては、雇用形態に基づいて異なる待遇を設ける場合には、当該待遇の趣旨に鑑みて、それが妥当する範囲をよくよく検討する必要があるといえる。

4. おわりに

 1.から3.を通して、D&Iに鑑みると、企業は雇用形態に基づいて異なる待遇を設ける場合には、それが不合理なものにならないように注意すべきであり、また、最高裁判例に鑑みると、異なる待遇を設ける趣旨が不合理性の判断のポイントになることが明らかになった。もっとも、これはあくまで法的な観点から検討を加えたものであり、法的には不合理性が認められなくとも、従業員のモチベーションを低下させるような待遇の格差を設けることは、D&Iの観点からは避けることが望ましいといえる。


[1] 内閣府『令和元年度 年次経済財政報告-「令和」新時代の日本経済-』(2019)、138頁

[2] 前掲1、同頁

[3] 日本経済団体連合会『ダイバーシティ・インクルージョン社会の実現に向けて』(2017)、3頁

[4] 平成30年法律第71号による改正前のもの。以下、同じ。

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